モンテ・アルバン:メソアメリカ最古の都市国家が、山を平らにして作った
- メキシコ南部の山頂を人工的に平坦にし、その上に建設されたサポテク族の都市国家。紀元前500年頃に建設が始まり、最盛期には人口2万人を超えた。マヤ・アステカよりも早くアメリカ大陸で文字と暦を使用した文明として知られるが、観光客の足はほとんど向かない。
- 所在地・時代: メキシコ・オアハカ州(紀元前500年〜紀元後700年頃(サポテク文明))
- 分類・保全状況: 文化遺産 / 保全状態:良好
- 所在地:
- メキシコ・オアハカ州
- 遺産分類:
- 文化遺産
- 登録年:
- 1987年
- 保全ステータス:
- 保全状態:良好
メキシコ南部の山頂を人工的に平坦にし、その上に建設されたサポテク族の都市国家。紀元前500年頃に建設が始まり、最盛期には人口2万人を超えた。マヤ・アステカよりも早くアメリカ大陸で文字と暦を使用した文明として知られるが、観光客の足はほとんど向かない。
- 観光インフラの整備不足
- 地元住民との保護範囲の摩擦
遺産の概要
オアハカ盆地を見下ろす山頂に展開する、メソアメリカ最古の都市のひとつ。サポテク(「雲の民」)文明の政治的・宗教的中心地として機能し、紀元前500年〜紀元後700年にかけて約1,200年間栄えた。
特筆すべきは建設の前提条件だ。山頂は本来急峻な地形で平坦な場所がなかった。サポテク人は山の頂を大規模に削り取り、400×300メートルの人工平坦地(グラン・プラザ)を作った上で都市を建設した。
アメリカ大陸最古の文字
サポテク文明は、現在確認されているアメリカ大陸最古の文字を使用した。紀元前700〜500年頃の碑文が確認されており、マヤ文字より早い可能性がある(学術的には議論中)。
碑文には征服した都市・民族の名前、戦争捕虜の記録が刻まれている。特に「ダンサンテス(踊り子たち)」と呼ばれる石板群には、裸で歪んだ姿勢の人物が300体以上描かれており、征服した敵の処刑・生贄の様子を記録したと解釈されている。
なぜ忘れられているのか
モンテ・アルバンから車で2時間の場所にテオティワカン(「太陽のピラミッド」で有名)があり、さらにマヤ文明の遺跡も国内に多数ある。メキシコは「選択肢が多すぎる」ため、モンテ・アルバンは後回しになりがちだ。
実際、年間訪問者数はテオティワカン(年間300万人超)に対し、モンテ・アルバンは約20万人にとどまる。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 415(オアハカ歴史地区と共同登録) |
| 登録年 | 1987年 |
| 建設開始 | 紀元前500年頃 |
| 最盛期人口 | 約2万人 |
| 平坦化した山頂面積 | 約300×400m |
| 文字使用 | アメリカ大陸最古の部類(紀元前700〜500年) |
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