アブ・シンベル:ダムの建設でまるごと移動させた、ラムセス2世の岩窟神殿
- 紀元前13世紀にラムセス2世が建設した岩窟神殿。高さ20mのラムセス像が4体並ぶ大神殿は年2回(2月22日と10月22日)、奥の聖域まで朝日が差し込むよう精密に設計されている。1960年代のアスワン・ハイダムによって水没するところを、4年間かけて神殿を切断・移動・再建するという前代未聞の工事で救出された。
- 所在地・時代: エジプト・アスワン県(スーダン国境近く)(紀元前1264〜1244年(ラムセス2世在位中))
- 分類・保全状況: 文化遺産 / 保全状態:良好
- 所在地:
- エジプト・アスワン県(スーダン国境近く)
- 遺産分類:
- 文化遺産
- 登録年:
- 1979年
- 保全ステータス:
- 保全状態:良好
紀元前13世紀にラムセス2世が建設した岩窟神殿。高さ20mのラムセス像が4体並ぶ大神殿は年2回(2月22日と10月22日)、奥の聖域まで朝日が差し込むよう精密に設計されている。1960年代のアスワン・ハイダムによって水没するところを、4年間かけて神殿を切断・移動・再建するという前代未聞の工事で救出された。
- ナセル湖の水位変化による地盤への影響
- 観光客の急増
遺産の概要
エジプト最南部、スーダン国境から約50kmのナイル川西岸。現在はナセル湖(アスワン・ハイダムによる人工湖)畔に立つ。
2つの神殿:
- 大神殿(ラムセス2世神殿): 岩壁に4体の巨大座像(高さ20m)。内部は62mの通路とアドゥトン(最奥の聖域)
- 小神殿(ネフェルタリ神殿): ラムセスの正妻に捧げた神殿。女王像が正面
年2回の太陽現象
大神殿の設計精度:
毎年2月22日と10月22日の夜明け直後、朝日が以下のルートを通る:
- 入口(太陽の角度が正確に一致)
- 62mの通路を貫通
- 最奥の4体の神像に到達
4体の神像:プタハ(冥界)・アメン(創造)・ラー・ホルアクティ(太陽)・ラムセス2世(神格化)
冥界の神プタハのみ、両日とも日光に照らされない(冥界は光が届かないべき場所)。
この精密な設計が3,200年以上、年2回繰り返されてきた(移設後も同様の現象が起きるよう調整された)。
2月22日はラムセス2世の誕生日、10月22日は即位記念日とされる。
前代未聞の移設工事
1960年代のアスワン・ハイダム建設でナイル川上流が水没することになり、アブ・シンベルは水没危機に陥った。
UNESCOの国際募金キャンペーン(50か国が参加):
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 工期 | 1964〜1968年(4年間) |
| 神殿ブロック数 | 約1,000個(最大30トン) |
| 移動距離 | 元の場所から約200m(高さ65m上) |
| 総費用 | 当時4,200万ドル |
| 参加国 | 50か国 |
移設後も太陽現象が同様に起きるよう、建物の方位・角度が精密に再現された。
この工事がUNESCO世界遺産条約(1972年)の直接的な動機となった。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 88(ヌビアの遺跡群の一部) |
| 登録年 | 1979年 |
| 建設年代 | 紀元前1264〜1244年 |
| ラムセス2世在位 | 66年間 |
| 太陽現象 | 毎年2月22日・10月22日 |
| 移設 | 1964〜1968年 |
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