ヤロスラヴリの歴史地区:ロシア最初の劇場が生まれた、ヴォルガの商業都市
1010年に創設されたロシア最古の都市のひとつ。17世紀にロシア最大の商業都市として繁栄し、赤煉瓦のバロック・ロシア折衷建築が密集する「黄金の環」の中心都市。1750年にロシア最初の職業劇場が設立された「ロシア舞台芸術の発祥地」であり、2011年の「ロシア1000年祭」の舞台となった。
- ソ連時代の都市開発による歴史地区の分断
- 近代建築の混在による景観の不均衡
- 河川氾濫・地盤の不安定化
- 観光と地域経済の不均衡な発展
遺産の概要
ヤロスラヴリはロシア北西部、ヴォルガ川とコトロスル川の合流点に位置する都市だ。伝承によれば1010年、キエフ大公ヤロスラフ1世(賢公)が熊を退治してここに砦を築いたとされる。ロシア最古の都市のひとつとして数えられ、2010年に「建都1000年」を祝う式典が行われた。
中世から近世にかけて、ヤロスラヴリはヴォルガ川水運を利用した商業都市として発展した。17世紀には首都モスクワをしのぐほどの商業力を持ち、毛皮・革・穀物の集散地として「ロシア最大の商業都市」と呼ばれた時期もある。この繁栄が、現在残る赤煉瓦の教会建築群の財政的背景となった。
バロック・ロシア建築の集積
17世紀のヤロスラヴリには独自の建築様式が発展した。「ヤロスラヴリ様式」と呼ばれるこの建築は、ビザンツ正教会建築の伝統にロシア民間装飾・西欧バロックの影響が融合したものだ。赤煉瓦の壁面に白い装飾、緑色の葱頭形ドーム——複数の色彩が重なる華やかな外観が特徴だ。
特に有名なのはイリヤ・プロロカ教会(1647〜50年)で、精緻なフレスコ画と装飾タイルを内外に持つ。この教会を含む歴史地区が2005年に世界遺産に登録された。旧市街には17世紀前後の教会・修道院が密集し、ソ連時代の近代建築と混在しながらもロシア中世建築の層が残っている。
ロシア最初の劇場——地方が生んだ舞台芸術
ヤロスラヴリが持つもうひとつの「ロシア最初」は、職業劇場の誕生だ。
1750年、裕福な商人の息子フョードル・ヴォルコフは自費でヤロスラヴリに劇団を組織し、公演を始めた。地方都市での活動が評判を呼び、翌1751年に女帝エリザヴェータ・ペトロヴナの招聘によりサンクト・ペテルブルクに移った。1756年、この劇団を基礎として帝国の公式劇場「ロシア劇場」が創設された——これがロシア最初の宮廷(国立)劇場の誕生だ。
ヴォルコフは「ロシア演劇の父」と呼ばれる。ヤロスラヴリには現在も彼の名前を冠した劇場(フョードル・ヴォルコフ記念ヤロスラヴリ・ドラマ劇場)が存在し、ロシアで最も歴史ある劇場のひとつとして機能している。
「ロシア1000年祭」とヴォルガの今
2011年、ロシアはノヴゴロドが「ロシアの始まり」(862年のリューリク招聘)から1150年を記念する「ロシア1000年祭(正確には1150周年)」を開催した。当初ヤロスラヴリがその主要会場のひとつとなり、プーチン大統領も出席する国家的式典が行われた。
世界遺産の歴史地区は観光拠点として整備が進む一方、ソ連期に建設された広幅道路や集合住宅が歴史的景観を分断している。河川沿いの低地では地盤の不安定化が一部で問題となっており、教会建築の基礎への影響が懸念されている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 1170 |
| 登録年 | 2005年 |
| 登録基準 | (ii)(iv) |
| 都市創設(伝承) | 1010年 |
| 17世紀の商業的地位 | ロシア最大級の商業都市 |
| 最初の劇場設立 | 1750年(フョードル・ヴォルコフ) |
| ロシア最初の国立劇場 | 1756年(ヴォルコフ劇団を基礎に設立) |
| 代表的建造物 | イリヤ・プロロカ教会(1647〜50年) |