オリンピアの考古学遺跡
古代オリンピックが1,200年にわたり4年ごとに開催された聖地。オリンピックの聖火は今もここで採火される。ゼウス神殿の「オリンピアのゼウス像」は古代七不思議のひとつ。フィディアスの工房跡から発見された陶器片に刻まれた「フィディアスの杯」が像の制作者を確定した。
- 洪水による堆積土の蓄積(アルフェイオス川氾濫)
- 地震リスク
- 森林火災(2021年大規模火災で遺跡周辺が被害)
- 観光インフラ拡大による景観への圧力
遺産の概要
オリンピアはペロポネソス半島西部エリス地方、アルフェイオス川とクラデオス川の合流点近くに位置する。古代ギリシャ人にとってここはゼウスとヘラに捧げられた神聖な「アルティス(聖なる森)」であり、4年ごとの祭典競技(オリンピア競技会)によって地中海世界を政治・宗教的に結びつけた中心地だった。
初回の競技会開催は紀元前776年とされる(年代記による)。以降ローマ皇帝テオドシウス1世の勅令で禁止される393年まで、293回にわたって途切れることなく開催された——国家間の戦争中でも「神聖休戦(エケケイリア)」が宣言され、選手と観客の安全な移動が保障された。
オリンピアのゼウス像——消えた「七不思議」
アテナイのフィディアスが制作したゼウス像は紀元前435年頃に完成した。ゼウス神殿の内陣に安置された座像は高さ約13メートル、象牙と金(クリセレファンティノス技法)を組み合わせた複合素材で制作され、古代人が「アテナを見たことのない者はこれを見て初めて幸福を知る」と語ったとされる。
像はパウサニアスの「ギリシャ旅行記」(2世紀)に詳細な記述が残るが、現物は現存しない。5世紀頃にコンスタンティノープルに移送され、456年の大火で焼失したとする説が有力だ。しかし制作場所は確定している——1954〜58年のドイツ考古学院による発掘でフィディアスの工房跡が発見され、「フィディアスのもの(ΦΕΙΔΙΟ ΕΙΜΙ)」と刻まれた陶製カップが出土した。
聖火採火式と「1936年の伝統」
現代オリンピックの象徴となった聖火リレーは、実は古代には存在しなかった。古代オリンピアでは競技場の祭壇に常に火が燃やされていたが、それを「リレー形式で運ぶ」慣行はなかった。
聖火リレーを発案したのは1936年ベルリン五輪の組織委員会(カール・ディームら)だ。ナチスのプロパガンダの一環として「古代ギリシャとアーリア人の文明的継承」を演出するために創案された。しかし採火式のみは今もオリンピアで実施される。太陽光を凹面鏡で集め、ギリシャ人女優が「最高神官」役を演じて火を起こす儀式は、「古代への接続」という象徴的価値を持ちながら、その形式自体は20世紀の発明だ。
遺跡の発掘と現代の保護
オリンピアの発掘は1875年からドイツ考古学院が主導し、現在も継続中だ。発掘で発見された「ヘルメス像」(プラクシテレス作・4世紀)はオリンピア考古学博物館の目玉であり、ギリシャで最も保存状態の良い古代大理石彫刻のひとつとされる。
2021年夏、オリンピア周辺で大規模な森林火災が発生し、遺跡の周囲数百メートルまで迫った。観光施設の一部が被害を受けたが、遺跡本体への延焼は免れた。アルフェイオス川の定期的な洪水による土砂堆積も長年の課題で、遺跡の一部は今も発掘途上だ。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 517 |
| 登録年 | 1989年 |
| 初回競技会 | 紀元前776年 |
| 競技会終了 | 紀元後393年(テオドシウス1世の勅令) |
| 開催回数 | 293回 |
| ゼウス像制作 | 紀元前435年頃(フィディアス) |
| フィディアス工房発見 | 1954〜58年(ドイツ考古学院) |
| 聖火リレー発案 | 1936年ベルリン五輪 |