ドロミテ:エンロゼーダ——白い岩峰が毎夕バラ色に燃える、地質学者の名を冠した絶景山塊
イタリア北部に屹立するドロミテ山塊は、18世紀のフランス人地質学者デオダ・ドロミューにちなんで命名された白亜の岩峰群だ。夕暮れ時、太陽光の特定角度でラディン語で「バラ色になる」を意味するエンロゼーダ現象が発生し、岩肌が赤・オレンジ・紫へと変色する。標高3,000m超の頂には第一次世界大戦の塹壕跡が今も残り、山上に刻まれた近代戦争の記憶を伝える。
- 気候変動による氷河後退と凍結融解サイクルの激化
- 大規模スキーリゾート開発による生態系の分断
- 年間数百万人規模の観光客による植生・登山道への負荷
- 極端気象による落石・土砂崩れの頻度上昇
遺産の概要
ドロミテ(Le Dolomiti)はイタリア北東部、南チロル自治州とトレンティーノ=アルト・アディジェ州にまたがる山塊群だ。最高峰はマルモラーダ(3,343m)で、鋭く切り立った白亜の岩塔・岩壁が連なる景観はアルプス山脈の中でも際立って異彩を放つ。2009年にUNESCO自然遺産へ登録された際の評価基準は「卓越した自然美(vii)」と「地球の歴史を示す地質学的価値(viii)」の2項目で、9つの山群システム・18の頂から成る総面積14万1,903ヘクタールが対象区域となっている。
エンロゼーダ——毎夕燃える白い岩峰の謎
ドロミテを語るうえで外せない現象が「エンロゼーダ(enrosadüra)」だ。ラディン語で「バラ色になること」を意味するこの言葉は、日没前後に起こる岩峰の劇的な変色現象を指す。太陽が地平線に近い低角度になると、光が大気層を長く通過する過程で青・緑・黄色の波長が散乱・吸収され、赤・オレンジ・紫の長波長だけが残る。その光がドロミテの白い炭酸塩岩(白雲岩)に当たると、岩肌全体がまるで内側から発光しているかのようにバラ色・赤紫色に染まる。
この現象が特にドロミテで鮮烈に見えるのは、白雲岩の結晶構造に起因する。一般の石灰岩と異なり、ドロミテを構成する白雲岩(ドロマイト)はカルシウムとマグネシウムの複合炭酸塩からなり、表面が鏡面に近い微細な結晶面を持つ。この構造が夕光を効率よく反射・散乱し、色彩変化を際立たせる。現象の持続時間はわずか10〜20分、天候や季節・大気中の水蒸気量によっても色合いが変わるため、同じエンロゼーダは二度と再現されない一回限りの自然ショーとも言える。
セッラ山群やラ・ムルフレットを展望台から眺める人々は、刻々と変わる色彩に声を失う。この現象は科学的に解明されているにもかかわらず、神秘性を失わない——それがドロミテの不思議な魅力の核心だ。
岩石名の由来——フランス人地質学者が残した名前
「ドロミテ」という名称は山の地名であると同時に岩石の鉱物名でもある、世界的にも珍しい例だ。18世紀末、フランスの地質学者デオダ・グラテ・ドロミュー(Déodat de Dolomieu, 1750–1801)がこの山塊を調査し、従来の石灰岩とは異なる炭酸カルシウム+炭酸マグネシウムの複合鉱物を発見した。没後、同僚の鉱物学者ソシュールがこの新鉱物を「ドロマイト(dolomite)」と命名し、それが転じて山塊名「ドロミテ」となった。
地質的な生い立ちは約2億5000万年前の浅海珊瑚礁にさかのぼる。三畳紀、この地域は熱帯の浅海底に位置し、珊瑚礁や貝殻から成るカルシウム堆積物が厚く積もった。その後、地殻変動でアドリア海プレートがユーラシアプレートに衝突し、堆積物が押し上げられてアルプス山脈の一部となった。この隆起の過程で氷河・水・風による浸食が加わり、現在の切り立った岩塔・岩峰群の景観が生まれた。要するに今見るドロミテの風景は、熱帯の珊瑚礁の骸骨が天空に押し上げられた姿と言えるのだ。
山上の塹壕——標高3,000mの第一次世界大戦戦場
ドロミテが秘める最も驚愕すべき歴史的事実の一つが、第一次世界大戦中にここが最前線の戦場だったことだ。1915年から1918年にかけて、イタリア王国とオーストリア=ハンガリー帝国の両軍は標高2,500〜3,300mの岩壁上に塹壕・トンネル・砲兵陣地を構築し、「山の上の戦争(Guerra Bianca=白い戦争)」を繰り広げた。
氷点下20度を下回る極寒、雪崩、落石に加え、敵の銃弾が兵士を襲った。特にトレ・チーメ・ディ・ラヴァレードやマルモラーダ氷河周辺は激戦地となり、オーストリア軍は氷河内部に全長12kmにも及ぶ氷のトンネル要塞「アイスシュタット(氷の都市)」を掘削した。現在もこの遺構の一部は観光客が見学できる。
戦後100年以上を経た現在も、溶け出す氷河から銃、弾薬、兵士の遺骨が発見されることがある。気候変動による氷河の後退は、皮肉にも埋もれていた「山の戦争」の遺物を次々と地表に露出させている。ドロミテは美しい自然遺産であると同時に、山そのものが巨大な野外戦争博物館でもある。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 1237 |
| 登録年 | 2009年 |
| 総面積 | 141,903ヘクタール(緩衝地帯含む) |
| 最高峰 | マルモラーダ 3,343m |
| 構成山群数 | 9システム・18ピーク |
| 戦争遺構 | 氷河内トンネル要塞「アイスシュタット」全長約12km |