ペトラ:砂漠の岩壁をまるごと彫り込んで作った、ナバタイ人の「薔薇色の都市」
- ヨルダン南部の砂漠地帯、峡谷の岩壁に直接彫り込まれた都市。ナバタイ人(アラビアの商人民族)が建設し、香辛料・絹・乳香のシルクロード貿易を制した。岩壁の「財宝の宝庫(エル・ハズネ)」は幅40m・高さ43mを一枚の岩から彫り出した神殿墓。どのように設計・建設したか、内部にあったとされる財宝の実態を含め、多くが謎のまま。
- 所在地・時代: ヨルダン・マアン県(紀元前4世紀〜1世紀(ナバタイ王国))
- 分類・保全状況: 文化遺産 / 保全状態:要注意
- 所在地:
- ヨルダン・マアン県
- 遺産分類:
- 文化遺産
- 登録年:
- 1985年
- 保全ステータス:
- 保全状態:要注意
ヨルダン南部の砂漠地帯、峡谷の岩壁に直接彫り込まれた都市。ナバタイ人(アラビアの商人民族)が建設し、香辛料・絹・乳香のシルクロード貿易を制した。岩壁の「財宝の宝庫(エル・ハズネ)」は幅40m・高さ43mを一枚の岩から彫り出した神殿墓。どのように設計・建設したか、内部にあったとされる財宝の実態を含め、多くが謎のまま。
- 塩類結晶化による砂岩侵食
- 観光客増加による磨耗
- 洪水リスク(峡谷地形)
遺産の概要
ヨルダン南部の砂漠地帯、ワジ・ムーサ(モーゼの谷)。標高約1,000m、赤い砂岩の峡谷に囲まれた盆地。「薔薇色の都市」の名は砂岩の独特の赤みから来る。
主要建造物(すべて岩を彫り込んだもの):
- エル・ハズネ(財宝の宝庫): 幅40m・高さ43mの神殿墓——ペトラの象徴
- ローマ式劇場: 観客席3,000人、岩盤から直接掘り込み
- 修道院(エド・ディル): ハズネより大型(幅50m・高さ45m)、丘の上に位置
- 王家の墓群: 正面を彫刻で装飾した多数の岩窟墓
ナバタイ人とは
アラビア北部出身の商人民族。文字を持ち(ナバタイ文字はアラビア文字の直接の先祖)、高い建築技術を持ちながら、民族的起源は諸説ある。
ペトラでの商業:
- 香辛料: インドから紅海経由の香辛料を地中海世界へ
- 乳香・没薬: アラビア産の香料
- 絹: 中国から
紀元106年、ローマ帝国がナバタイ王国を吸収しアラビア属州とした。ペトラはローマ都市として継続したが、交易路が変化し徐々に衰退。7世紀のイスラム征服後、地震(363年・551年)で多くの建物が損壊し、完全に廃棄された。
岩を彫る建築技術
ハズネを含むペトラの岩窟建築は「上から下へ」彫り進む方法で建設された。
- 岩壁の上部に足場を設置
- 最上部の装飾から彫り始める
- 少しずつ下に進み、最後に床面を掘る
この順序なら足場を組み直す必要がなく、彫った後に落ちる石屑が下の未完成部分を汚さない。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 326 |
| 登録年 | 1985年 |
| 建設開始 | 紀元前4世紀 |
| ローマ属州化 | 106年 |
| エル・ハズネのサイズ | 幅40m・高さ43m |
| 推定最大人口 | 3〜4万人 |
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