ロードス旧市街:十字軍騎士団が築いた要塞都市と、消えた世界の不思議
エーゲ海の島に十字軍の聖ヨハネ騎士団(現マルタ騎士団の前身)が構築した中世要塞都市。「騎士の通り」では各国騎士団の宿舎が14世紀の姿を保つ。紀元前には世界7不思議のひとつ「ロードスの巨像(コロッサス)」——高さ33mの太陽神ヘリオス像——があったが、紀元前226年の地震で崩壊し、現在は痕跡すら残らない。
- 夏季の観光集中によるオーバーツーリズム
- 旧市街建築の老朽化と維持費不足
- 地中海気候変動による海面上昇リスク
遺産の概要
ロードス旧市街は、エーゲ海東部に位置するロードス島の北端に築かれた中世の要塞都市だ。14世紀から16世紀にかけて聖ヨハネ騎士団が支配した時代の城壁・宮殿・街路がほぼ完全な形で現存する。
聖ヨハネ騎士団は、もともとエルサレムの病院を運営する宗教騎士団として発足したが、十字軍国家の崩壊とともにキプロス・ロードスへと拠点を移しながら海上勢力として独立した機能を持つようになった。1309年にロードスに定住して以降、200年以上この島を本拠地として地中海の通商を守護——あるいは支配——した。
旧市街の中心を貫く「騎士の通り(オドス・イッポトン)」は、14世紀の石畳と両脇に並ぶ「オーベルジュ(各国騎士団の宿舎)」が完全な形で保存された、中世ヨーロッパの街路としては最も保存状態が良いもののひとつとされる。
コロッサス・オブ・ロードス:世界7不思議の最短命
ロードス島は、世界の7不思議のひとつの消滅地でもある。
紀元前305〜304年、マケドニア王国の攻撃を撃退したロードス市民は、戦勝記念として太陽神ヘリオスの巨大銅像「コロッサス(巨像)」を建造した。高さは諸説あるが33メートル前後——現代の10階建てビルに相当する。制作期間は12年とされ、紀元前280年頃に完成した。
しかしこの像は紀元前226年の大地震で倒壊した。完成からわずか54〜56年後のことだ。7不思議の中で最も短命だった。
その後、倒壊した残骸は800年以上もロードス島に放置された。7世紀のアラブ軍によるロードス占領後、銅の残骸はスクラップとして売却されたとされる——推定重量360トンの銅が「廃材」として処分された。現在、像があった正確な位置すら判明していない。港の入口に立っていたという伝承があるが、考古学的な痕跡は発見されていない。
騎士団国家の遺産と現在のマルタ騎士団
1522年、スレイマン1世率いるオスマン帝国軍10万人がロードスを包囲した。約6ヶ月の籠城戦の末、聖ヨハネ騎士団は降伏交渉に応じ、島の返還と引き換えに全騎士の安全な撤退を認められた。スレイマン1世が撤退する騎士団の勇敢さを称えたとも伝えられる。
島を追われた騎士団はマルタ島に移り「マルタ騎士団」となった。現在のマルタ騎士団は国家領土を持たないにもかかわらず、国連オブザーバー資格を保持し、独自のパスポートを発行し、100カ国以上と外交関係を維持している——世界で最も奇妙な「主権組織」のひとつだ。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 493 |
| 登録年 | 1988年 |
| 聖ヨハネ騎士団支配期 | 1309〜1522年 |
| コロッサス完成 | 紀元前280年頃 |
| コロッサス崩壊 | 紀元前226年(地震による) |
| 存在期間 | 約54〜56年(7不思議最短命) |
| 現在のマルタ騎士団 | 国連オブザーバー、独自パスポート発行、約100カ国と外交関係 |