フェズ旧市街:世界最古の大学を女性が設立した、9,400の路地の迷宮都市
- 9世紀にイドリース2世が建設したモロッコ北部の古都。旧市街「フェズ・エル・バリ」は9,400以上の迷路状の路地に車が入れない「世界最大の無車都市」だ。859年に創立されたカラウィイーン大学は女性(ファーティマ・アル=フィフリ)が父の遺産を使って設立した——世界最古の現役大学を女性が創設した事実は教育史に刻まれるべき記録だ。
- 所在地・時代: モロッコ・フェズ(9世紀〜現在(イドリース2世建設))
- 分類・保全状況: 文化遺産 / 保全状態:良好
- 所在地:
- モロッコ・フェズ
- 遺産分類:
- 文化遺産
- 登録年:
- 1981年
- 保全ステータス:
- 保全状態:良好
9世紀にイドリース2世が建設したモロッコ北部の古都。旧市街「フェズ・エル・バリ」は9,400以上の迷路状の路地に車が入れない「世界最大の無車都市」だ。859年に創立されたカラウィイーン大学は女性(ファーティマ・アル=フィフリ)が父の遺産を使って設立した——世界最古の現役大学を女性が創設した事実は教育史に刻まれるべき記録だ。
- 旧市街の老朽化と修復資金不足
- 若年層の新市街への流出と旧市街の空洞化
- 観光化による伝統的職人産業の変質
- 上水道・排水システムの老朽化
遺産の概要
フェズはモロッコ北部の盆地に位置する古都で、9世紀初頭にイドリース朝2代目の君主イドリース2世が建設した。旧市街「フェズ・エル・バリ(古いフェズ)」はUNESCO世界遺産に登録されており、中世イスラム都市の構造をほぼそのまま現在まで保っている。
旧市街の最大の特徴は、9,400以上の迷路状の路地に車が一切入れないことだ。街路の幅は多くが1〜2メートル以下で、伝統的な移動手段はロバ・徒歩・自転車のみ。UNESCO世界遺産都市として「世界最大の無車(ノー・カー)都市」と称される。
旧市街の中核にはカラウィイーン大学・モスクがある。この教育機関は859年に創立され、現在も機能している現役の大学だ——ギネスブックはカラウィイーンを「世界最古の継続運営大学」として認定している。
世界最古の大学を設立した女性
フェズの歴史で最も知られていない事実のひとつが、カラウィイーン大学の設立者の性別だ。
859年、ファーティマ・アル=フィフリという女性がカラウィイーン・モスクと付属の教育機関の建設に着手した。彼女はチュニジアからフェズに移住した商人の家庭で生まれ、父親の死後、受け継いだ遺産をすべてこの事業に投じた。
当初はモスクとしての機能が主体だったが、併設された学習の場が発展し、法学・文法・修辞学・天文学・数学・音楽を教える「大学」として機能するようになった。イブン・ハルドゥーン(14世紀の歴史家・社会学者)やイブン・ルシュド(アベロエス:中世ヨーロッパのアリストテレス哲学の媒介者)もここに学んだとされる。
「女性が父の遺産を使い、世界最古の大学を設立した」——この史実は欧米中心の教育史の語り方では周縁化されてきた。
タンネリ:千年変わらない皮革産業
フェズ旧市街の名物のひとつが「タンネリ(皮革染め工場)」だ。チュワラ・タンネリとシデイ・ムーサ・タンネリは旧市街内に現存し、ほぼ1,000年間同じ場所で同じ製法による皮革加工が続いている。
工程は古代技術のままだ。新鮮な生皮を石灰水に浸けて毛を除去し、鳩の糞(アンモニアを含む)で柔らかくし、植物性染料(ヘナ・サフラン・インディゴ・ポピーなど)の入った丸い桶で色を付ける。石造りの桶が何十個も並ぶ光景は空中から見ると色鮮やかなモザイクだが、作業現場の臭いは強烈だ。
観光化により、タンネリを見下ろすテラスを持つ土産物店が増えた。「美しい俯瞰写真」の場所としての消費が進む一方、実際の革職人の労働条件は厳しく、化学薬品を使わない工程は作業者の健康に影響する。旧市街の職人産業が観光資源として保護される裏側で、その担い手の生活は今も変わらず過酷だ。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 170 |
| 登録年 | 1981年 |
| 建設年 | 9世紀初頭(イドリース2世) |
| カラウィイーン大学創立 | 859年 |
| 設立者 | ファーティマ・アル=フィフリ(女性) |
| 旧市街の路地数 | 9,400以上 |
| 最大の路地幅 | ロバが通れる幅(概ね2m以下) |
| タンネリの稼働継続 | 約1,000年間(同一場所・同一製法) |
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