マラケシュ旧市街:「語り部の広場」が持つ有形と無形の二重遺産
11世紀にベルベル系ムラービト朝が建設したモロッコの古都。「ジャマ・エル・フナ広場」は昼は果物売り・蛇使い、夜は語り部・音楽家・屋台で溢れる世界最大の屋外舞台だ。この広場の「語り部(ハラーガ)の伝統」は2001年にユネスコ無形文化遺産に登録——同じ場所が有形世界遺産(1985年)と無形文化遺産の両方に登録される二重の遺産認定を受けている。
- オーバーツーリズムによる広場の商業化・真正性の喪失
- 語り部(ハラーガ)文化の担い手の高齢化と後継者不足
- 急速な都市開発による旧市街周辺環境の変化
遺産の概要
マラケシュはモロッコ中南部、アトラス山脈の西麓に位置する古都だ。1070年頃、ベルベル系遊牧民族であるムラービト朝がこの地に建設を始めた。砂漠の縁に位置する交易の要衝として機能し、北アフリカからサブサハラ・アフリカ・アンダルシア(スペイン南部)を結ぶ広域ネットワークの中継点として栄えた。
旧市街(メディナ)の中心には「クトゥビーヤ・モスク」(1158年完成・高さ70mのミナレット)がそびえ、その北側に「ジャマ・エル・フナ広場」が広がる。この広場こそがマラケシュの真の中心だ——公共空間であり、市場であり、劇場であり、コミュニティの集会所でもある。
旧市街は「スーク(市場)」と呼ばれる職種別の専門市場が複雑に絡み合う迷路状の商業空間を形成している。染物師・金属細工師・革細工師・織物師——それぞれの職人街が数百年の伝統とともに現在も機能している。
ジャマ・エル・フナ広場の「二重遺産」
ジャマ・エル・フナ広場が持つ特別な地位は、単に「賑やかな観光地」ではない。
日中は歯抜き師・占い師・蛇使い・サル使い・ヘナタトゥー師・搾りたてオレンジジュース売りが広場を占拠する。しかし本領を発揮するのは夕暮れ以降だ。屋台が出揃い、音楽演奏グループが各所に陣を張り、そしてアラビア語の語り部「ハラーガ」が人垣を作って聴衆に囲まれる。
ハラーガは古代アラビア語の口承文学の担い手だ。コーランの物語・英雄譚・民話・恋愛詩を記憶から引き出し、身振り・声の変化・即興を交えながら何時間も語り続ける。テキストを持たず、聴衆の反応を見ながらリアルタイムで物語を編む専門家だ。
UNESCOは2001年、この広場の文化的実践を「人類の口承及び無形遺産の傑作」に宣言した(現在の無形文化遺産リストの前身)。同じ場所が1985年に有形の世界遺産として登録されていたため、ジャマ・エル・フナ広場はユネスコの有形・無形の両方の国際的認定を受けた、世界でも希少な場所となった。
砂漠の都市を支えた地下水路
マラケシュの建設は砂漠の縁での挑戦だった。現代の上水道が存在しない時代に、どうやって砂漠の都市に水を供給するか——この問いへの答えが「ケッタラ(またはカナート)」と呼ばれる地下水路システムだ。
アトラス山脈の雪解け水が地下の帯水層に染み込む。その水を重力だけを使って地下の傾斜を通じてマラケシュまで引く——これが12世紀頃に建設されたケッタラだ。総延長は数百キロメートルに及び、現在も一部は機能している。
ポンプも電力も使わず山岳の水を都市に届ける土木技術は、砂漠文明の知恵の精髄だ。マラケシュの庭園(マジョレル庭園・アグダル庭園など)の水は、今もこのシステムに依存している。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 331 |
| 登録年 | 1985年 |
| 建設年代 | 1070年頃(ムラービト朝) |
| ジャマ・エル・フナの無形遺産登録 | 2001年(UNESCO無形文化遺産傑作宣言) |
| クトゥビーヤ・モスク | 1158年完成、ミナレット高さ70m |
| 地下水路(ケッタラ) | 12世紀建設、現在も一部機能 |
| 旧市街の外壁色規制 | 赤砂岩色の使用義務(新築含む) |