ラホール要塞とシャーリマール庭園:ムガル建築史の年表が刻まれた副首都
ムガル帝国の重要な副首都として繁栄したラホールに残る二つの世界遺産。21の歴代王の建築を刻むラホール要塞は「ムガル建築史の年表」そのものであり、1641年建造のシャーリマール庭園は三段のテラスと400本の噴水を持つムガル式庭園の最高峰。しかし過密する都市開発が庭園の環境を脅かし、2000年に危機遺産リストに登録された。
- シャーリマール庭園周辺の道路建設・過密都市開発
- 大気汚染による建築装飾(タイル・大理石)の劣化
- 地下水位変化による地盤沈下
- 観光客の増加による磨耗
遺産の概要
ラホールはパキスタン東部に位置する人口1,300万人超の大都市だ。その旧市街に隣接するラホール要塞と、市内に残るシャーリマール庭園は、ムガル帝国最盛期(16〜17世紀)の建築遺産として1981年にユネスコ世界遺産に登録された。
ラホールはムガル帝国の首都デリーに次ぐ副首都として機能し、アクバル帝、ジャハーンギール帝、シャー・ジャハーン帝らが拠点を置いた。現在も残る建築群は、その繁栄の痕跡を余すところなく伝えている。
ラホール要塞:21代の建築が重なる「ムガル建築の年表」
ラホール要塞は、現在残る主要構造のほとんどがアクバル帝(在位1556〜1605年)以降のものだ。要塞の外壁(全長1.8キロメートル)は焼成レンガ造で、内部には21もの異なる建造物が詰め込まれている。
最も目を引くのは「ファル・アラム・ゲート(世界を征服する門)」だ。門の外側の壁面には、ゾウ・ウマ・戦士を題材にした色彩豊かなモザイクタイルが埋め込まれ、ムガル帝国の威容を示す「帝国の顔」として機能した。
内部に入ると、各代の皇帝が増築した建物群が時代順に並んでいる。アクバルの砂岩建築、ジャハーンギールの大理石装飾、シャー・ジャハーンの「鏡の宮殿(シーシュ・マハル)」——タージ・マハルと同じ職人集団が手掛けたとされる白大理石と鏡のモザイクが、室内を万華鏡のように輝かせる。一つの要塞でムガル建築の全歴史を通覧できる場所は、世界にここだけだ。
シャーリマール庭園:三段の天国
シャーリマール庭園はシャー・ジャハーン帝の命により1641年に完成した、ムガル様式庭園の傑作だ。南北約400メートル、東西約240メートルの長方形の敷地が三つのテラス(段)に分かれ、それぞれが水路と噴水で結ばれている。
現存する噴水の数は410基。かつてはすべてが稼働していたとされる。中央軸に沿って流れる水路(シャハール・ナール)は、庭園全体を「流れる天国」として設計したムガルの世界観を体現している。庭園に植えられた糸杉・マンゴー・ザクロは、コーランに描かれた天国の植物に対応する。
「天国の三層(ジャンナット・アル・ウラー・ジャンナット・アル・アドン・バフィシュト)」という設計コンセプトを持つとも言われ、下層(公的空間)→中層(半私的空間)→上層(皇帝の私的空間)という序列が、建築的に天国の階層を表している。
危機遺産としての現実
2000年、シャーリマール庭園は危機遺産リストに追加された。主要因は庭園の南側を通る幹線道路(GTロード)の拡張工事だ。大型車両が生み出す振動は、地下に埋設された歴史的な水路網に亀裂を生じさせ、400本の噴水システムの多くを機能不全に追い込んでいる。
大気汚染もラホール要塞のタイル装飾を侵食し続けており、修復のペースが劣化のペースに追いつかない状況が続く。ユネスコとパキスタン政府の協議では道路の移設または遮音措置が検討されているが、都市インフラへの影響から決定が長年先送りにされてきた。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 171 |
| 登録年 | 1981年 |
| 危機遺産登録 | 2000年(シャーリマール庭園) |
| ラホール要塞建設 | アクバル帝期(16世紀末〜) |
| シャーリマール庭園完成 | 1641年(シャー・ジャハーン帝) |
| 噴水数 | 410基 |
| 登録基準 | (i)(ii)(iii) |