ビルカとホウヴゴーデン:ヴァイキング女性指揮官が眠る交易都市
ストックホルム近郊のメーラレン湖に浮かぶ島に栄えたスカンジナビア最古の交易都市。中東・中央アジア・西欧との広域交易の中心地として9〜10世紀に繁栄した。2017年に発見されたヴァイキング女性戦士の墓(Bj581)が「戦士=男性」という固定観念に挑戦し、歴史学界に衝撃を与えた。
- 土壌侵食による埋葬遺構の損傷
- 観光アクセス増加による地表踏圧
遺産の概要
ビルカは、スウェーデン・ストックホルムの西約30キロメートル、メーラレン湖のビョルコー島に位置するスカンジナビア最古の都市遺跡だ。750年頃から975年頃まで、約200年にわたって北欧最大の交易拠点として機能した。
最盛期の人口は約700〜1,000人と推定される。港湾施設・商人の居住区・職人工房・教会跡などが発掘されており、鍛冶・ガラス・毛皮・奴隷といった多様な交易品が流通していた。発掘された遺物の中には、アッバース朝(イスラム帝国)のコイン、ビザンツ帝国の絹、西フランクのワイン容器が含まれており、当時の広域交易ネットワークの規模を示している。
ホウヴゴーデンは、隣接するアデルソー島にあるスウェーデン王家の居館跡で、ビルカと一体で管理・保護されている。
Bj581——「女性指揮官」の墓
1878年に考古学者ヒアルマル・ストルペがビルカで発掘調査を行い、約1,000基の墓を記録した。その中の「Bj581」は特に豪華な副葬品を持つ墓として知られていた。
副葬品の内容は次の通りだ。
- 剣(フルサイズの戦闘用)
- 矢(戦闘用の矢筒に入った状態)
- 馬2頭(轡付き)
- 戦略ボードゲームの全駒セット
- 2種類の異なる武器
1878年の発掘時、ストルペは遺骨の外見と副葬品から「高位の男性戦士」と分類した。この分類は140年近く疑われることなく維持された。
2017年、ストックホルム大学のアンナ・ヴェランダーらが遺骨のDNA分析を実施した結果、染色体がXXであることが判明——すなわち、生物学的に女性の遺骨だった。副葬品の構成(特に戦略ゲームの駒一式)は、単なる「武器を持つ女性」ではなく「戦略を担う指揮官」を示唆するという解釈が研究者から提示された。
「戦士=男性」という固定観念への挑戦
Bj581の発見は、北欧史の理解を根底から揺るがす可能性を持っていた。ヴァイキング文化における戦士(「シールドメイデン」)は北欧神話・サガに登場するが、長らく「神話的存在」として扱われてきた。実際の戦士墓が女性のものである可能性は、学術的に真剣に検討されてこなかった。
この発見を報告した2017年の論文は学術誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・フィジカル・アンソロポロジー」に掲載され、世界的な注目を集めた。反論も相次いだ——「副葬品は死後に置かれた可能性がある」「複数の骨が混入した可能性がある」。だが研究チームはその後の追加分析でDNAが同一個体のものであることを確認した。
Bj581は現在も北欧考古学において最も議論を呼ぶ発見のひとつだ。「男性のもの」として分類されたまま保管庫に眠っていた遺骨が、技術の進歩によって全く別の物語を持っていたことが明らかになった——考古学における「前提の見直し」の典型例として引用される。
交易都市の終焉と現在
ビルカは975年頃に突然放棄された。理由は諸説あるが、バルト海の水位変化によって港湾機能が低下したこと、交易ルートの変化などが挙げられる。都市の機能はその後、メーラレン湖畔の別の場所(現在のストックホルム付近)に移った。
現在、ビョルコー島には村が残るが、ビルカの都市遺構は大部分が地表下に埋まっている。夏季には博物館が開館し、考古学的発見の概要を紹介している。島へはストックホルムから船で約2時間——訪問者は少なく、静かな考古学の現場として残っている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 555 |
| 登録年 | 1993年 |
| 活動期間 | 約750〜975年 |
| 最盛期人口 | 推定700〜1,000人 |
| 発掘墓数 | 約1,000基(1878年) |
| Bj581 DNA分析 | 2017年(アンナ・ヴェランダーら) |
| ストックホルムからのアクセス | 船で約2時間 |