ヴァッテン海:世界最大の潮間帯に年1,200万羽が集まる、鳥の大陸間高速道路
ドイツ・オランダ・デンマーク3か国にまたがる世界最大の潮間帯。面積1万1,500km²の干潟・塩性湿原・砂洲が毎日2回現れ消える。年間1,200万羽以上の渡り鳥が中継地として利用する「鳥の高速道路」であり、1953年の大洪水が生み出したオランダ・デルタ計画の現場でもある。
- 海面上昇による干潟面積の減少
- 気候変動による渡り鳥の飛来パターン変化
- 周辺工業地帯・港湾からの汚染流入
- 洋上風力発電施設の拡張による鳥類への影響
遺産の概要
ヴァッテン海(Wadden Sea)は、北海の南岸——デンマーク南部からドイツ北西岸、オランダ北岸にかけて広がる浅海・干潟地帯だ。3か国の領域にまたがる総面積は約1万1,500平方キロメートルに達し、世界最大の潮間帯生態系として知られる。
「ヴァッテン(Watt)」はオランダ語・ドイツ語で「干潟」を意味する。1日2回の満潮・干潮サイクルで海面が最大4メートル変動し、干潮時には広大な泥干潟と砂洲が露出する。この地形は固定的な「陸地」でも「海」でもなく、常に変動する動的な境界地帯だ。
2009年にドイツ・オランダの共同推薦で世界自然遺産に登録され、2014年にデンマークが追加参加。3か国共同管理の世界遺産として、越境保護の先進事例となっている。
渡り鳥の大陸間中継地
年間1,200万羽以上——この数字がヴァッテン海の生態的重要性を示す最も端的な指標だ。
シベリア・グリーンランド・カナダ北極圏で繁殖する渡り鳥は、秋になると西アフリカやアフリカ南端の越冬地に向かう。その飛行距離は往復で最大3万キロメートルに達するが、その中間地点にヴァッテン海がある。鳥たちはここで数週間滞在し、干潟に生息するゴカイ・貝類・甲殻類を大量に食べて体脂肪を蓄える——次の長距離飛行に必要なエネルギーを「給油」する場所だ。
干潟の底質1平方メートルあたり数千匹規模で生息する小型無脊椎動物が、この給油ステーションを成立させている。干潟の生産性は熱帯雨林に匹敵すると言われ、それがヴァッテン海を「鳥の大陸間高速道路のハブ」にしている。
1953年大洪水とデルタ計画
ヴァッテン海の南端、オランダの海岸線は歴史的に常に洪水の脅威にさらされてきた。しかし1953年2月1日の「北海の大洪水」はその規模が桁違いだった。
ノルウェー沖で発生した低気圧が強風を生み出し、北海の海水を南端のオランダ・ゼーラント州に押し込んだ。高潮と満潮が重なった深夜に堤防が次々と決壊し、1,836人が死亡。7万2,000人が家を失った。これはオランダ史上20世紀最大の自然災害だ。
翌年から着工したデルタ計画(Delta Works)は、ゼーラント州の主要な河口と湾口を巨大ダム・水門・橋で封鎖する大規模土木事業だ。1986年の最終部分完成まで30年以上を費やし、総延長65キロメートルの護岸構造物が建設された。「ハリヶーン・バリア」とも呼ばれるオランダのデルタ計画は、アメリカ土木学会に「現代の世界七不思議」のひとつに選ばれている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 1314 |
| 登録年 | 2009年(2014年デンマーク追加) |
| 登録基準 | (viii)(ix)(x) |
| 総面積 | 約1万1,500km² |
| 年間渡り鳥中継数 | 1,200万羽以上 |
| 最大潮差 | 約3〜4m |
| 1953年大洪水死者数 | 1,836人(オランダ・ゼーラント州中心) |
| デルタ計画完成 | 1986年(着工1954年) |