シーギリヤ:復讐を恐れた王が岩山の頂に建てた空中要塞
高さ200mの岩山の頂上に建設された5世紀の宮殿要塞。父王を生き埋めにして王位を奪ったカッサパ1世が、復讐を恐れて建設したとされる。岩壁には500人の「雲の乙女」のフレスコ画が描かれ(現存18人)、磨かれた漆喰の鏡の壁には1,500年分の落書きが残る。
- 観光客増加による岩面の風化
- 降雨・気温変化による漆喰層の剥離
- フレスコ画の保存環境の変化
遺産の概要
シーギリヤは、スリランカ中央部の密林にそびえる高さ約200メートルの花崗岩の一枚岩(モナドノック)とその頂上に残る宮殿遺構からなる遺跡だ。
5世紀(477〜495年頃)、スリランカ王カッサパ1世がこの岩山の頂上に宮殿・庭園・防衛施設を建設した。岩山の麓には幾何学的な水庭園が広がり、岩の中腹には巨大なライオン像(現在は前脚のみ残存)の口から頂上への階段が続く構造を持つ——「シーギリヤ」という名称はシンハラ語で「ライオンの岩」を意味する。
父王殺しと空中要塞
スリランカの古代年代記『マハーヴァンサ』によれば、カッサパ1世は庶子でありながら父王ダートゥセーナを生き埋めにして王位を奪った。その後、正統な後継者である弟ムガランが王位を主張してインドに亡命し、復讐のための軍を集めたため、カッサパは報復を恐れて岩山の頂上に遷都したとされる。
18年後、ムガランが軍を率いて帰国。カッサパは象部隊を率いて平地で迎撃したが、象が沼地に踏み入れて混乱した隙に軍が崩壊。カッサパは戦場で自ら喉を切って死んだとされる。
ただし、この記録はムガランを擁護する仏教側の記述であり、カッサパを「簒奪者」として描く政治的意図を含む可能性がある。
フレスコ画と鏡の壁
岩山中腹の洞窟状の庇(オーバーハング)には、極彩色のフレスコ画が描かれている。かつては500人以上の「雲の乙女(アプサラス)」が描かれていたとされるが、現存するのは18人分のみ。人物は全員上半身裸で、花や供物を手にした半神的な女性として描かれている。
これが誰を表しているのか——王の妃、天女、礼拝対象——については現代の研究でも合意がない。
岩山の西面には「鏡の壁」と呼ばれる部分がある。高度に磨かれた白漆喰の壁は、かつて鏡のように反射し、壁画の「乙女」が映り込む演出をしていたとされる。6世紀から始まる訪問者の落書きが層を重ねており、「1,500年分の感想が刻まれた壁」として特異な記録的価値を持つ。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 202 |
| 登録年 | 1982年 |
| 岩山の高さ | 約200m |
| 宮殿建設者 | カッサパ1世(在位477〜495年頃) |
| フレスコ画 | 推定500人→現存18人 |
| 鏡の壁の落書き | 6〜15世紀頃(シンハラ語・タミル語・アラビア語等) |