L'アンス・オ・メドウ:コロンブスより500年前のバイキング集落
ニューファンドランド島北端に残る、ノース人(バイキング)が北米大陸に到達した唯一の考古学的証拠。コロンブスの1492年より約500年早い1000年頃の集落跡であり、草地の家(トーフハウス)の基礎が発掘されている。北欧の叙事詩サガに記された「ヴィンランド」の伝説を考古学的に実証した場所として、1978年にUNESCO世界初の世界遺産登録のひとつとなった。
- 海岸侵食と海面上昇
- 極地気候による遺構の劣化
- アクセス困難による調査・保護の制約
遺産の概要
L’アンス・オ・メドウ(Anse aux Meadows、「草地の入り江」の意)は、カナダのニューファンドランド島最北端、グレート・ノーザン半島の先端近くに位置する考古学的遺跡。北欧のノース人(いわゆるバイキング)が北米大陸に到達し、一時的な居住地を構えた唯一の考古学的確認地として知られる。
遺跡では草と泥を積み重ねた「草地の家(トーフハウス)」の基礎構造8棟が発掘されており、金属加工の炉跡、鉄の釘、紡錘車などのノース人特有の遺物が出土した。放射性炭素年代測定によって西暦1000年頃の遺跡であることが確認されており、これはコロンブスの1492年より約500年早い。
発見の経緯とサガの謎
L’アンス・オ・メドウが学術的に注目されるようになったのは20世紀に入ってからだ。北欧に伝わる叙事詩「サガ」(特に『赤毛のエイリークのサガ』と『グリーンランド人のサガ』)には、ライフ・エイリークソン(エイリークの息子ライフ)らノース人が「ヴィンランド」と呼ばれる西方の土地に航海したと記されていた。
1960年、ノルウェーの作家・探検家ヘルゲ・イングスタッドはニューファンドランド島でその地を探し始めた。地元の漁師ジョージ・デッカーが「昔の人が作ったみたいな草の盛り上がり」を指示したことがきっかけで、イングスタッドと考古学者の妻アン・ステーン・イングスタッドによる本格的な発掘調査が始まった。
ただし、L’アンス・オ・メドウがサガに記された「ヴィンランド」と同一の場所かどうかは、今も学術的な論争が続いている。「ヴィン(vin)」がブドウを意味するとすれば、ニューファンドランドの気候とは合わない。L’アンス・オ・メドウはヴィンランドへの中継地点だった可能性もある。
世界遺産第1号としての意義
1978年、UNESCOは初めて世界遺産リストを作成した。L’アンス・オ・メドウはこの第1回登録において、ガラパゴス諸島やアーヘン大聖堂など他の11件とともに登録された世界遺産の「第1号グループ」のひとつである。
登録基準は「(vi):傑出した普遍的意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、芸術的・文学的作品との関連」のみ——つまり、遺構そのものの建築的価値ではなく、「ヨーロッパ人の北米到達という歴史的事実を実証した」という意義が評価された。
孤立した辺境の遺跡
L’アンス・オ・メドウへのアクセスは容易ではない。最寄りの都市セント・ジョンズからは車で約9〜10時間。道路は整備されているが、島の北端という地理的条件上、夏季以外は悪天候で訪問が困難になる。年間訪問者数は数万人規模にとどまり、世界的な知名度と実際の訪問者数には大きな乖離がある。
カナダ国立公園局が管理する区域内には、発掘された遺構の上に復元されたトーフハウスが建てられており、バイキング時代の生活を再現した展示が行われている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 4 |
| 登録年 | 1978年(世界遺産第1号登録グループ) |
| 集落年代 | 西暦1000年頃(放射性炭素年代測定) |
| 発見者 | ヘルゲ・イングスタッド(1960〜61年) |
| 発掘建造物 | トーフハウス8棟 |
| コロンブス到達との差 | 約490年早い |
| 先住民族との関係 | 遺跡周辺にはドーセット文化・ベオサック族の痕跡も |