スプリットのディオクレティアヌス宮殿:皇帝が余生を過ごした宮殿に、今も6万人が暮らす
ローマ皇帝ディオクレティアヌスが自ら設計した「退位後のための宮殿」。ローマ史上唯一、皇帝が生前に帝位を退いて余生を過ごした場所。現在も宮殿の内部に約6万人の市民が居住・営業する「生きた古代建築」で、塔がアパートに、地下室がショッピングモールに変容している。映画『ゲーム・オブ・スローンズ』の撮影地としても知られる。
- 過度な観光による石造構造の損耗
- 住宅・商業用途への無許可改修
- 観光収益と文化財保護の利害対立
遺産の概要
スプリット旧市街の核心部を占めるディオクレティアヌス宮殿は、ローマ皇帝ディオクレティアヌス(在位284〜305年)が自ら設計・建造を命じた引退用の居城だ。建設は295年頃に開始され、305年の完成と同時に皇帝はここに移り住んだ。宮殿の敷地面積は約3万8000平方メートルで、要塞都市としての機能を兼ね備えた壮大な複合建築だった。
驚くべきは、この宮殿が今も生きた都市として機能していることだ。中世以降、人々が宮殿の構造物を住居・教会・商店に転用し続けた結果、現在では約6万人がこの古代建築の内部に居住・営業している。
ローマ史上唯一の「自発的退位」
ディオクレティアヌスの退位は、ローマ帝国史において唯一無二の出来事だ。彼は「テトラルキア(四分統治制)」——帝国を4人の共同皇帝で分割統治する体制——を自ら設計し、305年にその制度の規則に従って自発的に帝位を退いた。
退位後の皇帝は、自分が故郷に近いダルマチア海岸(現クロアチア)に建設した宮殿で余生を過ごした。311年に没するまで、ここで菜園を育て、哲学的な思索をしていたと伝えられる。後継者たちが皇帝への復帰を懇願したとき、彼は「私が育てたキャベツを見てくれ、そんな野望は持てない」と断ったとされる。
宮殿が街に変わるまで
7世紀、アヴァール人・スラヴ人の侵入で周辺地域が荒廃すると、住民たちは廃墟になりかけていた宮殿の内部に移り住み始めた。
- 皇帝の霊廟 → スプリット大聖堂(聖ドゥムニウス聖堂)に転用(7世紀)
- ユピテル神殿 → 洗礼堂に転用
- 宮殿の地下室 → 保存状態が良好で、現在はショッピングアーケードとして機能
- 防衛塔 → 中世の民家・アパートに組み込まれた
異なる時代の建築層が重なり合い、ローマ・初期キリスト教・ビザンツ・中世・近代が一つの街区に共存している。建築史的にはほぼ前例のない「層の厚さ」を持つ遺産だ。
ゲーム・オブ・スローンズと現代の観光
2011〜2019年に放映されたHBOドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』では、宮殿の地下室が「ミーリーンの竜の檻」のロケ地として使われた。宮殿の石造地下空間が持つ重厚な雰囲気は、現代のファンタジー撮影にも引き継がれている。
ドラマ放映後、スプリットへの観光客数は急増した。世界遺産の保護と観光消費の狭間で、古代の石が現代に踏み続けられている——2000年前のローマ皇帝が余生の静けさを求めて作った場所が、世界有数の観光スポットになったことは、歴史の大きな皮肉でもある。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 97 |
| 登録年 | 1979年 |
| 登録基準 | (ii)(iii)(iv) |
| 建設期間 | 約295〜305年 |
| 皇帝退位年 | 305年 |
| 宮殿面積 | 約3万8000平方メートル |
| 現在の居住・営業人口 | 約6,000人(宮殿内)、市全体では25万人 |
| 主要転用建物 | 大聖堂(霊廟転用)、洗礼堂(神殿転用) |