アルベロベッロのトゥルッリ
円錐形の石灰岩乾積み屋根(トゥルッリ)を持つ白壁の家が1,500棟以上密集するプッリャ州の集落。接着剤を使わない石積み技術と頂部の魔除けシンボルが特徴。「税金逃れのための解体可能住宅」という伝説が知られるが、現代の研究では証拠が薄く単純な乾積み技術の継承とされる。
- オーバーツーリズムによる居住機能の喪失
- 伝統的建築技術の継承者不足
- 観光用改修による真正性の低下
- 空洞化・リゾート化の進行
遺産の概要
アルベロベッロはイタリア南部プッリャ州バーリ県、イトリア渓谷に位置する小さな町だ。「リオーネ・アイ・モンティ」と「アイア・ピッコラ」の2地区を中心に、円錐形の石積み屋根を持つ白壁の住宅「トゥルッリ」が1,500棟以上密集する。起伏ある地形に白と灰色の屋根が連なる景観は、他のどこにも似ていない。
トゥルッリの特徴は石灰岩を接着剤(モルタル)なしに積み上げる「乾積み(ドライストーン)技術」だ。外壁は白く漆喰塗りされ、円錐形の屋根頂部には「ピンナコリ」と呼ばれる装飾石が置かれる。屋根外面には白灰で十字架・太陽・月・精霊などを象徴するシンボルが描かれる場合が多い。この技術はプッリャ州一帯に古くから存在するが、アルベロベッロほどの密集度と保存状態を持つ場所は他にない。
「税金逃れ解体説」の真相
アルベロベッロの観光案内でほぼ必ず語られる伝説がある。「ナポリ王国時代、新しい集落を建設すると国王への報告義務と税金が発生したため、領主ジャンジローラモ2世・アクアヴィーヴァは農民に接着剤なしの仮設建造物(トゥルッリ)を建てさせ、税務調査官が来ると屋根を崩して廃墟に見せかけた」というものだ。
しかしこの説を裏付ける同時代の行政文書・税務記録・書簡は今のところ発見されていない。現代の建築史研究者は「乾積み技術はこの地域に何世紀も前から存在する合理的な建築工法であり、石灰岩の豊富な産地で発達した自然な選択の結果」と説明する。解体容易性は材料特性の副産物であって、設計意図ではなかった可能性が高い。
それでも伝説は魅力的であるがゆえに、観光パンフレット・ガイドブック・テレビ番組で繰り返し語られ続けている。
乾積み技術の世界的な広がり
トゥルッリに使われる乾積み技術は2018年にUNESCOの無形文化遺産にも登録されている(イタリア・クロアチア・フランス・ギリシャ・スイス・スペイン・キプロス・スロベニアの共同申請)。接着剤を使わず石を組み合わせる技法は世界各地に独立して発達したが、プッリャ州の職人は今も伝統的な技術を実践している。
現在、アルベロベッロには認定を受けたトゥルッリ職人(トゥルッラーロ)が数十人いる。修復に際しては地元の石灰岩のみを使用し、現代のセメントは原則として使わない。しかし若い世代の職人が減り続けており、技術の継承は世界遺産保護の重要課題のひとつとなっている。
世界遺産化による「住む場所」の変容
1996年の世界遺産登録後、アルベロベッロの観光客数は急増した。それに伴い、トゥルッリを民泊・レストラン・土産物店に転用するケースが増加し、住宅として使われる棟数は減少している。
伝統的な集落が観光消費の場所に変わる現象は世界各地で見られるが、アルベロベッロの場合、構造の特殊性がさらに問題を複雑にする。トゥルッリは小さく(多くは1〜2室)、現代的な生活(空調・水回り・Wi-Fi)に対応するための改修が真正性を損なうリスクがある。「生きた集落」としての価値と「保存された文化財」としての価値のバランスが問われ続けている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 787 |
| 登録年 | 1996年 |
| トゥルッリ棟数 | 1,500棟以上 |
| 主要保護地区 | リオーネ・アイ・モンティ、アイア・ピッコラ |
| 建築技術 | 石灰岩乾積み(モルタルなし) |
| 屋根装飾 | ピンナコリ(頂部装飾石)+白灰シンボル |
| 無形文化遺産登録 | 2018年(乾積み技術、8か国共同) |