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HERITAGE // 世界遺産・人類の記録アーカイブ 文化遺産
HRG-360 2026-06-10

バムの城塞:2,000年を生き延びた世界最大の泥の建造物が、26秒で崩れた

所在地 イラン・ケルマーン州バム市
時代 紀元前6世紀〜17世紀(アケメネス朝〜サファヴィー朝)
UNESCO登録年 2004年
UNESCO基準 (ii) (iii) (iv) (v)
保全状態 危機遺産 ⚠
UNESCO ID #1208 ↗
SUMMARY

イラン南東部バム市の北西に広がるアルグ・バム(バム城塞)は、日干し煉瓦(アドベ)を素材とする世界最大の城塞都市遺跡。2,000年以上の歴史を持ち最盛期には1万2,000人が城壁内に居住した。2003年12月26日午前5時26分、マグニチュード6.6の地震が発生。城塞の90%が26秒で崩壊し、市内26,271人が死亡した。UNESCO世界遺産登録と危機遺産指定は地震の翌年、同時に行われた——登録と喪失が重なった遺産の記録として残る。

⚠ 主な脅威
  • 2003年地震による構造物90%の崩壊(現在も修復継続中)
  • 修復に伴う真正性の損失——オリジナルと修復部分の識別困難化
  • 地震リスクの継続(イラン・プレートの活断層地帯)
  • 修復資金・技術専門家の不足
イラン中東日干し煉瓦アドベ建築地震危機遺産サファヴィー朝
セキュア通信ログ // HRG-360 AES-256
Dr.石神
アルグ・バムの面積は180ヘクタール。高さ38mの城壁に囲まれた城塞都市の全体が、日干し煉瓦(アドベ)だけで作られている——鉄筋も石もない。乾燥気候であるため2,000年以上保ったが、震度5クラス以上の地震に対しては脆弱だ。マグニチュード6.6の26秒で90%が崩落するまで、誰もそのことを十分に認識していなかった
亜美
ユネスコは2003年の地震後、国際復興プロジェクトを立ち上げた。日本・ドイツ・イタリア・フランスなど20か国以上が参加する大規模な修復作業が現在も続いている。問題は『どこまでが修復でどこからが再建か』という真正性の問題だ——崩れた泥を固めて積み直すとき、それはオリジナルか複製か。アドベ建築の修復は常にこの問いと戦う
パッチ
2003年12月26日は、前年に世界最大の地震被害として記録されたモロッコ・ジルフィ地震の一周年でもある。また、バムの地震から1年後の同じ12月26日、スマトラ沖地震・インド洋津波が発生した——3年連続で同じ日に大規模な自然災害が起きたことに、偶然以上の何かを見る人もいる

遺産の概要

バム(Bam)は現在のイラン・ケルマーン州にある都市で、その北西端にアルグ・バム(Arg-e Bam、「バムの城塞」)が広がる。

城塞都市の全体構造:

  • 面積: 180ヘクタール(東西1.5km・南北1km)
  • 外壁: 高さ最大38m、周囲約6km
  • 建材: 全て日干し煉瓦(アドベ)と木材
  • 居住区: 城壁内に住宅・市場・浴場・モスクが整備された完全な都市
  • 最盛期(17〜18世紀): 城壁内人口約12,000人

城塞の起源はアケメネス朝(紀元前550〜330年)期まで遡り、パルティア朝・ササン朝・アラブ征服後のイスラーム時代・セルジューク朝・モンゴル侵攻後の再建・サファヴィー朝の最盛期を経て継続して使用された。19世紀後半に住民が城壁外に移り、城塞は廃城となった。

世界最大の泥の建造物

アルグ・バムを「世界最大の日干し煉瓦建造物」とする根拠は面積だけでなく、構造の複雑さにある。

城壁内には:

  • 市場(バーザール)の通廊アーケード:全長約2km
  • 公共浴場(ハマーム):複数、保存状態が良好
  • 駐屯地・兵舎:数百の部屋
  • 総督邸(アルク):城塞の最高部、5層構造の建物群
  • モスク・神学校:複数
  • 住宅区:数百軒の住宅が密集

これらが全て、スギやヤシの木を梁に使い日干し煉瓦を積み上げるという、2,000年変わらない技術で建設された。

乾燥したバムの気候(年間降水量約30mm)がアドベを保護した。雨による浸食がなければ、圧縮されたシルト・クレイの日干し煉瓦は何世紀も形を保つ——2003年まで、それは事実だった。

2003年12月26日、5時26分

地震発生時の状況:

  • 発生時刻: 午前5時26分(ほとんどの住民が就寝中)
  • 規模: マグニチュード6.6
  • 震源深度: 地下10km(浅い)
  • 震源: バム市街から南方約7km
  • 継続時間: 26秒

震度5〜6強相当の揺れが26秒間継続した。日干し煉瓦は圧縮荷重には強いが水平方向の揺れに対して脆弱であり、屋根と壁が同時に崩落した。

死者数26,271人のうち多くは自宅の倒壊による圧死だった。バム市全体の建物の85%が全壊または大破し、アルグ・バムの城塞構造物の90%が崩落した。

UNESCO登録——喪失と指定が同時に起きた

通常、UNESCO世界遺産登録には数年〜十年以上の申請・審査プロセスが必要だ。バムはそのプロセスが進行中だった。

2003年12月26日の地震発生後、UNESCOは緊急手続きを開始。翌2004年、第28回世界遺産委員会でバムは「世界遺産登録」と「危機遺産リスト掲載」を同時に決定された——「登録されるべき価値を持つが、その価値が今まさに喪失の危機にある」という逆説的な状態の公式認定だ。

2004年以降、日本(奈良文化財研究所)・ドイツ(ドイツ考古学研究所)・イタリア・フランスなど20か国以上が参加する国際修復プロジェクトが進行している。

修復の問題——「何を作っているのか」

アドベ建築の修復は本質的なジレンマを抱える。

崩れた日干し煉瓦の壁を修復する方法:

  1. 倒壊した煉瓦を回収して再積みする
  2. 新しい日干し煉瓦を作って補完する
  3. 耐震補強を施した上で外装を「当時の外観」に合わせる

どの手法を採用しても「オリジナルの建材」と「修復部分」が混在し、境界が曖昧になる。さらに耐震補強のため内部に鉄筋や現代コンクリートを使う場合、外観は歴史的でも構造は現代建築となる。

ユネスコ・イコモスは「真正性(Authenticity)と完全性(Integrity)のバランス」を修復の基準として掲げているが、アドベ建築の大規模崩壊という前例のない事例に既存の基準がそのまま適用できるかは今も議論が続く。

記録メモ

項目内容
UNESCO ID1208
登録年2004年(危機遺産同時指定)
城塞面積180ヘクタール
最盛期人口約12,000人(城壁内)
地震発生2003年12月26日 5:26 AM
地震規模マグニチュード6.6
死者数26,271人
城塞崩壊率90%
修復参加国20か国以上