ハトラ:ローマ軍を2度撃退した要塞都市を、ISISがブルドーザーで破壊した
直径2kmの円形城壁に囲まれたパルティア帝国の要塞都市。ローマ軍の包囲を2度撃退した難攻不落の城だったが、2015年にISISが遺跡をブルドーザーと爆薬で組織的に破壊した。「文化的記憶の抹消」として国際社会から非難を受けたこの破壊の全容は、2018年のISIS撃退後に初めて明らかになった。
- ISISによる組織的破壊(2015年)
- ブルドーザー・爆薬による彫刻・柱廊・神殿の破壊
- 破壊後の略奪
- 修復の技術的・財政的困難
遺産の概要
ハトラはイラク北部、モスルの南西約110kmに位置するパルティア帝国時代の都市遺跡である。紀元1〜3世紀に建設された直径約2kmの円形城壁が特徴的で、内部には神殿複合体・宮殿・商業施設が整然と配置されている。
都市は東西交易路の要衝に位置し、パルティア(イラン系)、アッシリア(アラム系)、アラブの文化が融合した独特の文明を育んだ。建築様式もローマ・ペルシア・ヘレニズムの混合であり、「古代世界の文化的十字路」として評価される。
ローマ軍を撃退した難攻不落の城
ハトラの名を歴史に刻んだのは、ローマ帝国との2度の戦いだ。
- 紀元116〜117年: トラヤヌス帝によるパルティア遠征の際、ローマ軍がハトラを包囲。城壁の強固さと守備の巧みさの前に攻略を断念し撤退。
- 紀元198〜199年: セプティミウス・セウェルス帝が20日間包囲を続けたが、やはり陥落させられず撤退。
「ローマ軍に2度攻めて2度守り切った都市」というのは古代世界においてきわめて稀なケースであり、ハトラの防衛設計の卓越さを示している。結局ハトラは3世紀にペルシアのサーサーン朝によって内部からの裏切りで陥落したとされる。
2015年:ISISによる組織的破壊
2015年3月、ISISはハトラを占領し、組織的な破壊を実施した。ブルドーザーで柱廊・壁を押し倒し、彫刻をハンマーで打ち砕き、建物を爆薬で爆破する映像をプロパガンダ動画として公開した。
破壊されたのは主に神殿群の彫刻・ファサード・正面装飾であり、都市の象徴的な文化財が重点的に標的にされた。ISISはこれを「偶像崇拝の撲滅」と説明したが、国際社会からは「文化的記憶の組織的抹消」として強く非難された。
2018年にイラク軍がISISを撃退して以降、調査が進み破壊の全容が判明しつつある。一部の彫刻・構造物は破壊を免れたが、遺産の核心部分に取り返しのつかない損傷が生じている。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 277 |
| 登録年 | 1985年 |
| 都市の特徴 | 直径2kmの円形城壁・東西文化融合 |
| ローマ軍撃退 | 116〜117年(トラヤヌス帝)、198〜199年(セウェルス帝) |
| ISIS破壊 | 2015年3月(映像公開済み) |
| ICOMOS評価 | 破壊は「文化の浄化を目的とした犯罪」 |