アッシュル:アッシリア帝国の最古の首都が、ダム建設と戦争被害に挟まれた
アッシリア帝国最古の首都で、都市神アッシュルを祀る最重要宗教都市。2003年のモスル・ダム建設計画による水没危機を受け、世界遺産登録と同時に危機遺産リストへ掲載された珍しいケース。イラク戦争後の略奪、そして2003年以降のISIS台頭による継続的な脅威にさらされてきた。
- モスル・ダム建設による部分水没リスク
- 2003年イラク戦争後の組織的略奪
- ISISによる占領・破壊(2014〜2016年)
- ティグリス川の浸食
遺産の概要
アッシュル(アッシュール)はイラク北部、現在のサラーフッディーン県のティグリス川沿いに位置する古代都市遺跡である。紀元前3千年紀から存在した都市で、紀元前20〜18世紀頃にアッシリアの最初の首都となった。都市神アッシュルを祀る神殿を中心に、神殿・宮殿・城壁・墓地が整備された。
アッシリア帝国の歴史を通じ、首都機能は後にニムルドやニネベへと移ったが、アッシュルは「聖都」として存続し続けた。帝国の君主たちはここで戴冠式・宗教的儀式を行い、死後はアッシュルの王室墓地に埋葬された。
ダム水没危機と世界遺産登録の逆説
2003年、UNESCO世界遺産委員会はアッシュルを世界遺産リストに登録すると同時に、危機遺産リストにも掲載するという異例の決定を下した。主な理由はモスル・ダム(バジ・ダム計画)の建設により、遺跡の下流部が水没する可能性が指摘されていたためだ。
結果的に水没は完全には回避されたが、ティグリス川の水位変動による浸食は継続的な脅威となっている。モスル・ダム自体も老朽化による崩壊リスクが国際的に懸念されており、大規模な決壊が起きた場合には遺跡への甚大な被害が予想される。
複合的な危機:戦争・略奪・ISIS
2003年のイラク戦争後、アッシュルは組織的な略奪被害を受けた。戦後の治安空白期に遺跡が無防備となり、石碑・浮き彫り・出土品が持ち出された。ドイツとイラクの共同発掘チームが長年にわたって積み重ねてきた記録データの一部も失われた。
2014年、ISISがこの地域を支配下に置いた。2016年の解放まで遺跡の管理は不可能となり、解放後の調査によって追加の損傷が確認された。アッシリア文明との歴史的・民族的なつながりを持つキリスト教徒コミュニティ(アッシリア人・カルデア人)も迫害・追放され、遺産の「生きた継承者」が失われるという別の危機も生じた。
記録メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| UNESCO ID | 1130 |
| 登録年 | 2003年(同時に危機遺産指定) |
| 都市創建 | 紀元前3千年紀 |
| アッシリア首都期間 | 紀元前20〜18世紀頃(その後も聖都として存続) |
| 水没リスク | モスル・ダム計画(部分水没は現在も懸念) |
| ISIS占領期間 | 2014〜2016年 |